「人のため」に動くことは犠牲になることか?

人のためにやる、というと

主体性がないのか

お前はどうしたいんだ

こう言われることがある。

 

私もずっと思っていた。

自分がやりたいことないのかな、と。

 

やっと、最近になって

人のためにやることそのものが

自分のやりたいことである。

そういうことがわかってきた。

 

見返りが欲しいわけじゃない。

ただ、人の力になりたい。

今はその人のために

自分のできることをやりたい。

「あなたのためを思って」という押し付けではなく

全面的にサポートしたい。

 

もしかしたら、他人から見れば

犠牲になっているように見えたりするのかもしれない。

あるいは、やりたいことだと思い込んでいるだけで

本心は辛いかもしれない。

または、その人が偽善者に見えるかもしれない。

 

でも、それは後からわかること。

 

人のためにこそ、

自分の持つ力を最大に発揮できる、

そういう人もいるし

そういう場面もあるのです。

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